メルコスール(南米南部共同市場)は、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイをメンバー国とする、現状「関税同盟」のステージにある南米の経済統合グループです。
メルコスールの基本情報、どういった役割を果たしているか、ラテンアメリカにはCANや太平洋同盟、ALBAなど多数の統合グループがある中で、どのような位置付けにあるのか、その特色や、成果への評価はどうか。
本記事では、そういった疑問に答える形で、メルコスールについてわかりやすく、且つできるだけ包括的に解説していきたいと思います。また、コロナやEUとの合意などの最近の動向も解説します。
本記事を読んでいただくことで、メルコスールについてはもちろん、ラテンアメリカの経済統合全般についても理解を深めることができるかと思います。
本記事は論点ごとのポイントと結論を薄く広く扱っていきますが、引用する関連記事を参照することでより深く見ていくことも可能です。エッセンスだけを見たい方は最後のまとめだけを見ることで時短になります。
そもそもの基本理論:経済統合を進める理由は?
経済統合を進める理由
メルコスールを理解する上で、その前提として、そもそも、こうした経済グループを結成する理由はなんなのでしょうか。
その答えとして、ここでは、規模の経済へのアクセスなどの経済的メリットや、国際条理における影響力を強化するという政治的メリットを、自国産業保護と折り合いをつけつつ追求していくため、という感じでまとめさせていただこうと思います。詳細は以下の記事でまとめております。
発展途上国にとっての経済統合
メルコスールは、EUやNAFTAなどとは異なる、メンバー国が全て発展途上国の経済統合グループです。
これから国際競争力をつけて行きたい発展途上国にとっては、「規模の経済」などによる経済的メリットは追求しつつ、過度な自由競争は避けることで自国産業も保護したいという考えが強くなることは自然なことで、経済統合はそのための手段の一つと考えられます。ご参考まで以下の記事のリンクも載せておきます。
「経済統合」の種類
経済統合には、いくつかの段階(レベル)に応じた種類があると言われています。
最も有名な「バラッサの理論」に基づけば、「対外共通関税」を適用しているメルコスールは、「関税同盟」の段階にあるといえます(しかしながら、以下でも述べるとおりメルコスールの「対外共通関税」は不完全であると言われます。)。「バラッサの理論」を詳しく知りたい方は、以下の記事を参照いただけます。
メルコスールの結成!背景、メンバー、目標は?
設立背景
80年代に、これまで内向き志向(輸入代替工業化(ISI)モデル)であったラテンアメリカ諸国の経済政策が外向き志向(輸出促進)に転換します。メルコスールは、そうした大きな流れの中で、アルゼンチンとブラジルの協力関係が発展する中で構想されて行きます。
したがって、メルコスールの設立背景を端的に言えば、輸出を促進したいアルゼンチンとブラジルが協力関係を強化する中で生まれたものと言えます。
1991年、地理的に両国の間に位置し蜜な経済関係を有していたウルグアイとパラグアイを加えて、設立されます(設立条約はアスンシオン条約)。本部はモンテビデオ(ウルグアイ首都)に設置されています。
詳細は以下の記事にて確認いただけます。
メンバー国とパートナー国
現在は、メンバー国(Estados Partes)としてベネズエラ、パートナー国(Países Asociados)としてボリビア、チリ、コロンビア、ペルー、エクアドル、ガイアナ、スリナムが加わっています。その中で、ベネズエラは全ての権利と義務が停止中、ボリビアは加盟国となるための議定書が署名済みで、加盟国(残りはブラジル)の国内手続き待ち状態です(メルコスール公式HP)。
メンバー国およびパートナー国の詳細は以下にてまとめています。
メルコスールの目的・目標は?
アスンシオン条約に定められたメルコスールの目標(Objetivos)には、①関税撤廃、②対外共通関税設定、③生産要素の自由な流通、④マクロ経済政策の調和、が据えられています。
これは、バラッサの経済統合段階でいう「経済同盟」(レベル4)を目指す、かなり野心的な、高い目標であると言えます。現状は、完全な「関税同盟」(レベル2)とも言えない状況です。
上記の結論の元になるメルコスールの目標とバラッサ理論との照合は以下の記事にて行っています。
メルコスール基本情報:規模感や輸出入相手国は?
メルコスールは、ラテンアメリカの約70%の国土面積と、約半分の人口を兼ね備えるグループで、ラテンアメリカ、途上国グループとして最大級の関税同盟です。
加盟国の中で最大の経済大国がブラジル、二番目がアルゼンチンで、この二カ国でメルコスールのGDPや輸出のほとんど(9割以上)を占めます。
メルコスールの輸出入相手国としては、伝統的な重要国である米国に加え、中国の存在感が増しています。のちにも分析しますが、域内貿易(対加盟国輸出入)の割合は2割前後で、近年は減少傾向です。
詳細は以下の記事にてまとめております。
メルコスールとは?①外観
メルコスールがどういった組織なのか?というところに入っていきたいと思います。
まずは、「南米のEU」のような高いレベルの統合を目指している組織であるということができる一方、実態はまだそうなっていない、ということが言えます。
メルコスールの目指す統合の基本条件である「域内関税撤廃(自由化)」と「対外共通関税設定」は、名目上行ってはいるものの、重要産業を含む例外多数で、実質的には一律に実施できているとは言えない状況です。例外撤廃のために設けられる期限は、延期され続けています。
また、「マクロ経済政治的な協調」についても、保護主義と開放主義の狭間で揺れ続けています。EUのような超国家的な組織は持たず、各国首脳の利害対立の調整機能も限定的であると言えるでしょう。
こうした外観についての関連記事は以下になります。
メルコスールとは?②具体的成果
それでは、域内自由化や対外共通関税設定など、組織の目標に向けた具体的な成果にはどのようなものがあるのでしょうか。あるいは、具体的にどういった形で目標が達成できていないと言えるのでしょうか。
一言で言えば、域内自由化に関しても、対外共通関税の適用に関しても、例外が残存し続けていて、これにより名実ともに統合が未完全であると言われています。
制度上の成果
域内自由化と対外共通関税の設定のそれぞれの達成状況について、端的にまとめると、アルゼンチンの保護主義をはじめ、なかなか開放路線に振り切っていくことはなく、したがって目標の達成は将来に持ち越されています。
域内自由化の阻害要因としては、まず関税撤廃の例外が挙げられます。アルゼンチンやブラジルにとって重要産業である自動車産業、そして砂糖が、メルコスール創設以来例外であり続けています。アルゼンチンとブラジルの自動車貿易で適用される「Flex」制度は、両者の間の不均衡の度合いに応じて関税を適用するもので、これの撤廃は、最新の合意では2029年7月1日まで延期されています(従ってそれまでは自由化は達成されないし、また延期されるかもしれない。)。そのほか、非関税障壁の残存、貿易救済措置、進まないサービス貿易の自由化、などの要素が指摘できます。
対外共通関税に関しても、各国ごとに多数の輸出品目の例外が認められており、この30年で撤廃はほぼ進んでいないと言えます。加盟国それぞれが何百もの品目を対外共通関税とは別の関税率を設定していると、メルコスールとしての単一性・一律性は失われます。
詳しくは以下の記事にてまとめています。
実質的・数字上の成果
上記の制度の上に、実際の貿易量などはどうなっているのでしょうか。
端的に言えば、メルコスールの結成以降、域内貿易依存度は高まっているとは言えない状況にある一方、貿易の「質」や、海外直接投資誘致の面など、一部ポジティブな数字も示されています。具体的な統計は、細かいですが、以下の記事にて紹介しています。
ちなみに、こうした貿易・投資額などの数字は、マクロ経済の様々なファクターに影響を受けます。例えば、仮にメルコスールが完全な経済同盟を達成していたとしても、台頭する中国や米国からの依存度をさらに高めているかもしれません。一方で、前述のとおり、メルコスールが目標とする域内自由化や対外共通関税の設定は制度上穴だらけなので、経済統合グループとして「まだできることはある」ということは言えるだろうと思います。
近年の動向(コロナ対応、EUとの協定など)
以下では、メルコスールをめぐる最近のイシュー(議題)について、ポイントのみで紹介していきたいと思います。
コロナ対応
日本でもよく報道されたように、2020年初頭以降新型コロナウィルス(以下コロナ)は中南米でも猛威を振るっており、ワクチン確保・接種などのコロナへの対応は中南米諸国の政府にとって最重要課題でした。
これに関し、メルコスール加盟国の間では、保健大臣間の共同声明など、協調した対応を取る「政治的意向」は示されたものの、グループとしての政治的協調は取られず、それぞれの加盟国がバラバラに対応したと言えます。ボルソナロ政権のブラジルが国際標準から比べるとかなり尖った対応を取っていたことからも、実際の対応における統一性がなかったとの評価は妥当かと思います。また、フェルナンド政権下のアルゼンチンも、コロナ対応に専念するためとして、協議中のFTAからの離脱を表明する(その後わずか数日で撤回)などのドタバタも見せました。
EUとの合意
2019年6月、メルコスールは、20年越しの悲願であったEU(欧州連合)とのFTAに政治的に合意しました。これ自体は、FTAが次のステージ(EU内・メルコスール国内批准)に移行するという大きな出来事ですが、メルコスール加盟国(ブラジル)の環境問題を欧州(フランスなど)が問題視するなど、合意直後から摩擦が生じており、国内手続(国会の承認プロセス)は短期的に進みそうにないと言えます。
環境問題
前述のフランスとブラジルの衝突を見るに、環境問題に対しても、メルコスール内で政治的な統一見解を持つことができないことが示されてしまいました。
難民受入れなどの人権問題
マドゥロ政権下のベネズエラ危機(2017年頃から現在進行形)、ベネズエラ移民(難民を含む)が問題となり、こうした難民受け入れや移民への対応などの人権問題が南米の中でイシューとなりました。こうした問題への対応として、アルゼンチンの主導などで、過去数年で域内での人権意識の向上や、人権保護(児童などの弱者の移民の保護を含む)のための進展が多数あったとの評価があります。一方で、メルコスールの設立条約であるアスンシオン条約の合意内容に照らせば、より横断的な人権保護、児童の権利の保護のための進展が期待されています。
メルコスール:進展の遅い理由は?
これまで、政治的協調が薄弱であることや、設立目標に向けた進展が遅いことを述べましたが、その理由はなんでしょうか。
それには、以下の4つの原因が挙げられるかと考えます。
域外への依存度が高い
メルコスール加盟国間で行う域内貿易は、非加盟国と行う域外貿易よりも取引量が少なく、域内で自立することは容易ではありません。対外共通関税をかけて域外貿易を抑制しつつ、域内自由化により域内生産性を向上させていく関税同盟は、まさに域内の自立能力を高めることが期待されるものですが、なかなか思い切ることができないのかもしれません。こうした状況が続くと、域外貿易の重要度がさらに増していく、ということがおき、対外貿易を抑制することの是非が問われていきそうです。
加盟国の経済規模がアンバランスであること
加盟国の経済規模のアンバランスさには、①アルゼンチンとブラジルの間の経済規模の違い、と、②大きな二カ国(アルゼンチンとブラジル)と小さな二カ国(パラグアイとウルグアイ)の間の経済規模の違い、という2つの側面があります。
これらにより、例えばアルゼンチンがなかなか自由競争に踏み出せないことや、小さな国に多数の例外が許される状況が起きています。
なんだかんだ本気度が足りないこと
ある意味これに尽きるともいえますが、加盟国としても本気で経済統合グループに主権(関税権)を譲っていくということは、並並ならぬ覚悟がいることでもある難しい問題です。メルコスールに関しては、加盟国の守りたい産業の競合や、経済力の違い、途上国であるなど、統合に慎重になる心配要素を持っているので、たとえ目覚ましい成果がなくとも、これらとバランスをとりながら、30年以上同じメンバーで続けていることに価値があるとも考えます。
超国家的な機関の欠如
メルコスールは、事務局を持ち、一時組織の「顔」になるべきポスト(役職)が作られるなど、お隣の「太平洋同盟」などと比較するとグループ(機関)としての主体性を持たせるための組織づくりがしてあると言えます。一方で、そうした主体性・独立性が強化され超国家性を持つと言われるEUとは異なり、超国家的な機関を持たないと言われます。つまり、メルコスールの統合は基本的には加盟国の意向次第で進んだり進まなかったりするということで、各加盟国の利害やイデオロギーにさらされる状況にあります。
こうした状況を乗り越えるべく、政治的な代表ポスト(ARGM)を作ったり、常設裁判所(TRP)があったり、加盟国間の再配分を行う基金(FOCEM)ができたりと、取り組みが続いています。
上記を特出しした記事は以下になります。
メルコスール:加盟国の拡大とその影響
1991年、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイで結成されたメルコスールは、その後、ベネズエラ(2012年正式加盟)およびボリビア(現在国内手続き完了待ち)をメンバーに加えます。
ベネズエラとボリビアはALBAメンバーでもあるように、米国の新自由主義的政策を帝国主義的と批判する閉鎖型を代表する南米の国です。こうした国々を連続で迎え入れることに、メルコスールがより一層閉鎖的になることや、政治化していくことが懸念されましたが、マドゥロ政権下のベネズエラ危機を前に、メルコスール加盟国は一枚岩となってベネズエラを資格停止処分にします。
こうした対応からも、ALBA的な思想とは距離を取りつつ、急激な自由化は避けるメルコスールの性格が伺えます。
かなりマイナーな情報ですが、メルコスールとベネズエラ・ボリビアについては、それぞれ以下の記事にてまとめています。
ちなみに:太平洋同盟の誕生
2012年、メルコスールのメンバーでない中南米4カ国で、太平洋同盟(Alianza del Pacífico)が結成されます。
太平洋同盟は、ペルー、チリ、コロンビア、メキシコをメンバー国とする、開放型の経済統合グループです。これと比較すると、メルコスールの保護主義的(または閉鎖的)傾向もよりよく見えてきます。
まとめ
本記事では、経済統合の理論から、メルコスールの結成背景、加盟国や経済規模などの基本データ、その成果、成果への評価、その理由などを、広く浅く見て行きました。
最後に、メルコスールの特性や評価について、ポイントで改めてまとめたいと思います。
- メルコスールは、1991年にアルゼンチンとブラジル主導で、地理的に間に位置するウルグアイとパラグアイを加えて結成された経済統合グループ。
- 統合のレベルは「関税同盟」(だが不完全)。
- 特定のイデオロギーに結びついているという面はそこまで強くなく、そのため30年以上存続している。
- 一方で、政治化している面も見られ、太平洋同盟などと比べると、閉鎖的な傾向を持つと評価される(高め税率の対外共通関税、米国との関係など。)。
- 設立条約上、「南米のEUを目指す」ような、高い目標を立てている。
- 一方で、域内自由化、対外共通関税に関しては、重要産業を含む例外多数で、設立30周年以上が経った今も設立条約の目標を達成できているとは言えない。
- 設定した期限の延期を繰り返す形で、例外撤廃が進まない。
- 実態(統計)ベースで見ても、域内貿易依存度は高まっているとは言えない。
- こうした批判はあるも、特定のイデオロギーに振り回されすぎることなく存続し、加盟国間の調和に貢献している貴重なラ米の統合グループとしての意義はある。
主な参考文献
組織
- メルコスール公式HP(基本情報、データベース、設立30周年の成果・外相メッセージ等)
- ALADI公式HP
- 米州開発銀行(IDB)公式HP
- 加盟国政府系HP(ブラジル開発産業貿易省公式HP、アルゼンチン通産省、パラグアイ産業貿易省((2013). Análisis de la relación comercial Paraguay – Brasil.)、ウルグアイ投資輸出促進庁((2013) Informe de Comercio Anual)、ベネズエラ大統領府HP
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(※本記事は上記文献等を参考に筆者の私見で記載しています。)
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