プロスール(PROSUR)は、南米諸国の統合を進めるために2019年に発足した地域統合グループです。
南米のほとんどの国が加盟する地域統合グループですが、いまいち存在感がありません。それもそのはずで、できたばかり(2019年発足)でありながら、設立の張本人(国)であるチリが2022年3月に脱退を表明したように、早くもその推進力が問われています。
そんな早くも期待値の低めのプロスールですが、プロスールは南米の最新の統合グループで、プロスールを知ることで、南米の地域統合の理解を深めることができるので、今回はプロスールとはどういったグループなのか、その設立経緯や成果などについて、みて行きたいと思います。
プロスールとは?
プロスールの正式名称は「南米の進歩と統合のためのフォーラム(FORO PARA EL PROGRESO E INTEGRACIÓN DE AMÉRICA DEL SUR)」で、略称は「PROSUR」、または曖昧回避のため「Foro PROSUR」が使われています。
「プロスールとは」を一言で言えば、「ウナスール(UNASUR)」と取って代わる組織としてチリとコロンビア主導で設立された南米の地域統合を目指すグループです。
以下では、その性質を理解する上で重要な要素を一つずつみて行きます。
設立経緯:ウナスールからの離反
南米の統合を進める地域グループとしては、2008年から「ウナスール(UNASUR)」が存在します。
もともと左派色のあるウナスールの中で、2019年時点で左派政権諸国(象徴的なのはベネズエラやボリビア)とそうでない国々(チリ、コロンビア、アルゼンチン、ブラジル、エクアドル、パラグアイ、ペルー、ガイアナ)の間でコンセンサスが取れなくなっていき、ウナスールを見限った後者の国々が、ウナスールに変わる南米の地域統合グループとして発足させたのがプロスールです。
ウナスールについては、以下の記事を見ていただくと、イメージをつけていただくことが可能です。
設立の主導者:ピニェラ大統領とドゥケ大統領
プロスールの発起人(国)はチリとコロンビアで、それぞれピニェラ大統領、イバン・ドゥケ大統領がプロスール創設を主導しました。
プロスールの第一回議長国をチリ(ピニェラ大統領)が、第二回議長国をコロンビア(ドゥケ大統領)が務めていることも、こうした背景があるためになります。
なお、南米の地域統合を見る上では、グループの設立者を国ではなく人(大統領が誰か)でみることが重要です。南米における近年の政治闘争は極めて熾烈で、政権が変わると、これまでの権力者が牢屋に入ったり、これまでやってきたことを全てひっくり返す、ということが度々起きます。
南米の地域統合は、こうしたイデオロギーの変動(Vaivén)を乗り越えられるかが常に試されていると言えるでしょう。
メンバー国:左派系以外の南米諸国
2022年4月現在のPROSURのメンバーは以下のとおり(出典:PROSUR公式HP)ですが、結成を主導した国であるチリのガブリエル・ボリッチ新大統領(2022年3月着任)が、早くも脱退を表明しています(詳細は後述)。
【プロスール加盟国】
アルゼンチン、ブラジル、チリ(脱退表明済み)、コロンビア、エクアドル、ガイアナ、パラグアイ、ペルー
PROSURの議長国は以下のとおりで、結成を主導したチリとコロンビアが第1回、第2回の議長国を務めました。2021年12月〜2022年12月期の議長国はパラグアイです。
【プロスール議長国】
・第1回議長国(任期:2019年3月〜2020年12月):チリ(ピニェラ大統領)
・第2回議長国(任期:2021年1月〜同年12月):コロンビア(ドゥケ大統領)
・第3回議長国(任期:2021年12月〜2022年12月):パラグアイ(アブド大統領)
プロスールの目標など
プロスールの目標(ミッションやビジョンなど)は、以下のプロスール公式HPに掲載されており、日本語ではジェトロHPにも掲載がされています(外務省HPには掲載が無い模様。)。
プロスールの性格をつかむためのポイントとしては、以下を抽出することが可能かと思います。
・南米の進歩と統合を推進するグループである
・「イデオロギーのない」フォーラムを標榜している
・1年任期の議長国輪番制であること
プロスールの評価は?
プロスールは、一言で言えば、「左派を除く一部の国の対話の場」のような枠組みに留まっていて、これからのライジングもあまり期待できなそうです。
以下では、その理由を見ていきたいと思います。
「イデオロギーのない」というのがブーメランになっている
まず一つに、PROSURは、「イデオロギーのないフォーラム」(un foro sin ideología)を謳いながら、自らが(左派を排除の方向で)イデオロギー化しているとの批判を免れず、政治傾向の違いを乗り越えられなそうだと言えます。
プロスールは、ウナスールの左派政権(ベネズエラとボリビア)と決別する形で生まれており、つまりウナスールのイデオロギー色を批判的に評価し、それから脱することが結成時の念頭に置かれています。
一方で、こうした左派政権を排除する基盤がまさに政治的な「色」をそのまま表している(ブーメラン状態)と言えます。プロスール結成時、民主主義の危機にあると評されるベネズエラの排除は百歩譲って、ボリビアとウルグアイ(それぞれ左派政権のエボ・モラレス政権とタバレ・バスケス政権)が招かれなかったことは、すでにプロスールが将来誕生する左派政権から見捨てられることを予想させます。
実際、立ち上げの張本人のチリの新大統領(ガブリエル・ボリッチ(2022年3月着任))は、「プロスールやウナスーウ、リマ・グループ」のような特定の同じ政治傾向のみが統合するグループは「団結にも統合の進展にも資さないことを自らが証明した」として、プロスールからの脱退を正式に表明しました。
ボリッチ大統領の言うこと自体はそのとおりと思う一方、作った張本人の国がすぐに脱退するというのも、それはそれで南米の統合が政治に振り回されている状況を如実に示していると考えます。
実質的な成果が期待できるか?
次に、プロスールの実際の業績がどれほどのものか、という問題があります。
ウナスールの対立軸となりながら、そうした違いを乗り越え、プロスールが南米全体を包括する統合のプラットフォームになるためには、圧倒的な業績を残していく必要がありそうです。つまり、プロスールを応援したくない人(左派傾向の人など)でも、プロスールに入っていかないと損であると思わせるだけの仕事をしていくことで、全体を巻き込む求心力を得ることができます。
プロスールの業績は、議長国の1年の任期の終わりに、「informe de Gestión PROSUR」の形でまとめられます。
過去2期分の報告書はプロスール公式ホームページの「Documentos」に掲載されており、それぞれ議長国のチリとコロンビアがまとめています。
これら報告書も含め、プロスールの業績がどんな感じか、以下のとおりまとめてみます。
- まず注目したいのは、プロスールの活動に「米州開発銀行(西語:BID、英語:IDB)」の協力が得られているということです。上記の報告書の作成を含めた実務から、議長国コロンビア時代に進められた「プロスールの国々の免疫化能力強化(Escalamiento de Capacidades de Inmunización en los países de PROSUR)」などのプロジェクトの実施機関を務めるなど、同銀行がプロスールの実務を支えていると言えます。
ちなみにBIDは「米州機構(西語:OEA、英語:OAS)」の枠組みで設立された国際銀行で、その傾倒をあえてプロスールかウナスールかで言えば、もちろんプロスールです(本部もワシントン。)。
こうした強い組織のサポートが得られているのは、プロスールの推進力になっていると言えます。 - そうしたBIDのサポートもあってか、発足したばかりのグループではありながら、組織化(内部ブループ形成)や首脳級会議の複数開催など、スタートダッシュ早く活動を開始しているようにも見えます。報告書内でも、会合の開催や方向性の一致、政治的意向の表明など、ハイレベルの対話枠組みとしての機能と成果は多く見受けられるように思います。
- 一方で、政治的な会合や合意はさておき、統合に向けての実質的成果については、懐疑的な評価が多く、ただただ意見交換をする場になっているとの批判も多いです。
これは、10年活動したウナスールの成果と比較すると、致し方ない、妥当な評価だといえます。実際、インフラ、交通などの物理的な統合を10年スパンで進めた「Iniciativa para la Integración de la Infraestructura Regional Suramericana (IIRSA)」などのウナスールの活動と比べると、中身のある活動はまだみられません。前述の「免疫化計画」などの具体的なプロジェクトも、中身は「これから現状認識を始めます」といったものに見え、実質的な成果に結びつくか筆者個人としてはクエッションです。
結論的には、できたばかりの組織なので「これから」な面が大きいですが、最大の問題は、「これから」がどれくらい続くのかという点と、「これまで」のウナスールからの継続性がない、という点にあると考えます。
なんとなく盛り上がりに欠ける
ウナスールの対抗馬として立ち上がったプロスールですが、ウナスール設立時と比べるとかなり盛り上がりに欠けているように思います。
プロスールの公式ツイッター(@ForoProsur)のフォロワー数(2022年4月時点)は760フォロワーで、立ち上がったばかりであることを差し引いてもかなり少ないように思います(ウナスールは同時期で10万フォロワー)。コロンビア議長国の報告書にあるホームページ訪問者も平均46人/1日当たり と、南米全体の地域統合グループとしてはやはり小さい数字と言えるように思います。
この、なんとなく盛り上がりや期待値が低いことの理由は、主に以下が挙げられるのではないかと思います。
一つには、強いビジョンが見えないということが挙げられるかと思います。良くも悪くもイデオロギーにも立脚し、どこにも従属しない南米独自の統合の理想を掲げたウナスールに対し、ウナスールの代替案(対抗馬)として誕生したプロスールには、そうした強いビジョンや統合像が、これも良くも悪くも、見えません。
次に、実態があまり見えないということも挙げられます。豪華な事務局(本部)を持ち、ハイレベルの代表者(事務総長)を立てていたウナスールに対し、プロスールは事務局や対外的なハイレベルの代表者は持たず、毎年変わる議長国がグループの活動をリードする形です。見方次第では、ウナスールの対抗馬として発足した一方で、実態はCELACのようなリード国持ち回りの会議体がより少ない国で行われているだけ、という感じもします(実際は議題ごとのワーキンググループのような実働部隊を持っていますが。)。
最後に、前述の、政治傾向の違いを乗り越えられなそう、ということがあります。そうした南米の地域統合には、南米全国を巻き込む包括性と、中長期的に発展するという発展性がなかなか期待できず、したがってあまり注目されない、ということになってしまうと言えます。
まとめ
ウナスールに代わって南米の統合を担うグループとなるべく発足したプロスールですが、現状その期待値は高いとは言えず、今後のライジングもあまり期待できなそうです。活動実績は、IDBのサポートを受け精力的な面もありつつ、友好関係に無い左派傾向の勢力を巻き込むほど圧倒的なものはなさそうです。
南米が真の統合を達成していくためには、プロスールが掲げるように「イデオロギーのない」こと、したがって左右の政治的変動を乗り越える「しなやかさ」を有することが必要と思われます。しかしながら、プロスールは、ウナスールが象徴する南米の左派勢力とその出発点から対抗しており、そうした政治的包容力のなさをボリッチ政権の脱退からすでに露呈させています。
一方で、プロスールは、少なくとも形式的には、現在最も多くの国が加盟した南米の地域統合グループのひとつです。プロスールに注目していくことで、南米の政治的潮流を理解していくことができると思いますので、ぜひもう少しプロスールに目を向けてみてください。
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