メルコスールは結成から30年以上が経っていますが、設立条約(アスンシオン条約)で掲げられた目標(単一市場・関税同盟の結成)が達成された状況とは言えません。
一方で、全く進展や成果がなかったかといえば、そうとも言えません。
メルコスールという経済統合体の成果を考える上では、成果を①政治的合意や条約などの「制度上の成果」(Resultado Institutional)と、②実際の域内貿易額の推移などの「実質的な成果」(Resultado Real)に分けてみることができます。
その上で、①「制度上の成果」も、(ア)域内自由化(域内関税撤廃の動き)と、(イ)対外共通関税(Arancel Externo Común(AEC))の制定 の2つの分野に大きく分けることができます。
本記事では、その(ア)域内自由化(域内関税撤廃の動き)を進める上で鍵となるセクターである自動車産業における交渉がどうなっているか、自動車産業の自由化は進んでいるのか、を見て行きたいと思います。その中で、アルゼンチンとブラジルの間の貿易で取られる”Flex”制度とはなんなのか、その推移も、見て行きたいと思います。
メルコスール結成以来の関税撤廃の例外「自動車」
「関税同盟」の結成のための重要な条件の一つが、加盟国からの輸出品に課される関税を撤廃することです。
現在までに、大部分の商品の域内関税障壁は撤廃されたと言えます。しかしながら、引き続き「関税撤廃の例外」が残っており、自動車は、そうした例外の中で、メルコスール結成以来の中心的議題となり続けています。
自動車自由化はメルコスール結成以来の悲願
メルコスール創設以来の自由化の例外品目となっているのが、自動車と砂糖です。
こうした政策は、双方の産業、とりわけ自動車が、需要増大への対応、および雇用の確保のため、政府により重要分野として保護されてきたという歴史的な文脈に基づいて取られてきました。
実際、2012年のブラジルとアルゼンチンの自動車の生産量はそれぞれ340万台と76万4千台で、それぞれが13万人分、3万人分の直接的な雇用を創っていました。付加価値額で言えば、同年、それぞれの国の自動車産業は、ブラジルの製造業の約12%、アルゼンチンの製造業の約6%を占めていました(INTAL 2011-2012)。
一方で、自動車および自動車部品は、ブラジルーアルゼンチン間の全ての工業品貿易の約45%を同分野が占める(2012年)など、メルコスール域内の貿易において最も重要な品目の一つでした。
ちなみに、別の記事でも書きましたとおり、メルコスールの創設の歴史を見てもブラジルとアルゼンチンは同グループの中心的なアクターで、経済規模的にはその二カ国が同グループの大部分をしてめています。
したがって、自動車産業における自由化は、メルコスール(特にブラジルとアルゼンチン間)の自由貿易交渉において常に中心的な議題であり続けました。
メルコスール自由化交渉の「苦悩」を映し出す自動車貿易
それでは、メルコスールにおける自動車産業交渉の過程がどのようなものであったか、みていきたいと思います。
主としてブラジルとアルゼンチン間の車産業の自由化交渉は、メルコスールの自由化交渉の「苦悩」を映し出しているといえます。なぜなら、それは、地域統合(自由化)により加盟国が得られる経済的利益(期待されるメリット)と自国産業保護への懸念(心配されるリスク)の双方が大きい分野であるからです。
なお、経済統合により期待される経済的利益と保護主義との関係については、以下の記事をご参照いただければ幸いです。
自動車産業の域内自由化交渉の過程
自動車産業の自由化の期限として最初に制定されたものは、ラス・レニャス会議(1992年)において定められた「1995年1月(1994年末)」までというものでした。
別の記事でも見たように、この期限は守られず、延期されました。具体的には、「2000年までのメルコスール・アクション・プラン(Programa de acción del MERCOSUR hasta el año 2000)」(Decisión 29/94)において、2000年1月までに延期が決定されました。
この2000年までという期限も、ACE No.14*の第31追加議定書の署名により、2006年1月まで(2006年1月1日から自由化開始)に延期されました。
*経済補完条約No.14 (Acuerdo de Complementación Económica No.14 (ACE14) : 1990年12月20日署名、同日発効。ALADI(ラテンアメリカ統合連合)の枠組みで署名されたブラジルとアルゼンチンの二国間の条約。メルコスールの設立条約である「アスンシオン条約」の中身のベースになったとも言える条約。(全文:SICE)
なお、ACE No.14の追加議定書は、こちらのSICEのサイトに掲載されています。第42以前のものは全て掲載されています。
「Flex」制度とは?
2006年までの移行期間、貿易均衡を維持したい(ブラジルからの輸入があまりに大きくなること(不均衡)を是正したい)アルゼンチンの意向により、「Flex」制度(sistema “Flex”)が導入されました。
これは、追加議定書に基づく正式名は「Coeficientes de Desvío sobre las Exportaciones en el Comercio Bilateral」で、100%の特恵を与える(関税をゼロとする)二国間の貿易(輸出入)量の比率に一定を限度を設けるものです。その限度を越えた輸入(輸出)に対しては、段階的な減免率が適用されはするものの、関税が課されます。
例えば、Flex指数「1.6ポイント」(ACE No.14の第31追加議定書に基づく2001年Flex指数)の場合、アルゼンチンの対ブラジル自動車製品輸出量”1″に対し、ブラジルの対アルゼンチン自動車製品輸出量”1.6″までは関税をゼロとする、というものです。この比率が大きくなればなるほど、関税をゼロとする許容量も増える、というものです。
Flex指数の推移は?
当初導入されたACE No.14の第31追加議定書に基づくFlex指数(比率)は以下のとおりです。
【ACE No.14の第31追加議定書に基づくflex比率】
– 2001 1.6
– 2002 2.0
– 2003 2.2
– 2004 2.4
– 2005 2.6
– 2006 0.0 (自由貿易の実現)
出典:SICE HP ACE No.14 第31追加議定書 第13条
本追加議定書に基づけばFlex指数は2006年1月1日からはゼロになり、量的制限なく自由化(無関税)されるはずでありましたが、お馴染みの流れ(以下詳細)で、これはどんどん延期されていき、最新の完全自由化の開始目標は「2029年7月1日」からとなっています。
その最新のACE No.14の第43追加議定書に基づくFlex指数は以下のとおりです。
【ACE No.14の第43追加議定書に基づくflex比率】
– 2020年7月1日~2023年6月30日:1.8
– 2023年7月1日~2025年6月30日:1.9
– 2025年7月1日~2027年6月30日:2.0
– 2027年7月1日~2028年6月30日:2.5
– 2028年7月1日~2029年6月30日:3.0
– 2029年7月1日~ :0.0(自由化の実現)
出典:ALADI ACE No.14 第43追加議定書
それまでの過程は、以下のとおりです。直近の第43追加議定書(2019年10月)で、これまで刻んでいた自由化開始の目標年を大幅に延期したと言えます。
・2002年11月、ACE No.14の第31追加議定書にて、自由化の開始を「2006年1月1日から」とする。
・2006年6月28日(目標年月日を過ぎている。。)、ACE No.14の第35追加議定書により、自由化の開始を「2008年」と延期。
・2008年6月23日、ACE No.14の第38追加議定書により、自由化の開始を「2013年」に延期。
・2014年6月13日、ACE No.14の第40追加議定書により、自由化の開始を「2015年」に延期。
・2015年6月26日、ACE No.14の第41追加議定書により、自由化の開始を「2016年」に延期。
・2016年6月9日、ACE No.14の第42追加議定書により、自由化の開始を「2020年」に延期。
・2019年10月、ACE No.14の第43追加議定書により、自由化の開始を「2029年」に延期。
現在適用されているFlex指数は1.8、長年自由化を至上命題としながら過去20年でほぼ変わっていないとも言えますし、わずかながら0.2ポイント上昇(量的制限緩和)されている、とも言うことができるかと思います。
まとめ
本記事では、メルコスールの制度上の成果を見ていく上で、自由化の代表的な例外品目である自動車における交渉の経過をみていきました。特に、延期に延期を重ねているFlex指数に注目しました。
Flex指数の交渉過程からも、自由化実現のための期限を設定しては延期する、というメルコスールの傾向を顕著にみることができます。
結論としては、メルコスール内の自動車貿易の自由化は実現しておらず、したがってメルコスールの自由貿易が実現しているとは言えないのが現状です。
一方で、長期的に見ればflex比率はわずかながら上昇しているといえます。また、これだけ延期が繰り返され、両国のハイレベルからも不満が出たりはしているものの、対話が続いていて、なんだかんだで毎回自由化を実現するための期限が設定されていること自体は、それはそれで意味があるとも言えます。
本記事が少しでも参考になれば幸いです。
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