ラテンアメリカの楽器は、①アメリカ先住民の音楽文化、②征服しにきたスペイン・ポルトガル等欧州の音楽文化、③奴隷として連れてこられたアフリカの音楽文化の3つの音楽文化が混合・融合しており、その種類は多様であると同時に、その起源や発展は、ラテンアメリカ文化の複雑な変遷を映し出すものでもあります。
従って、ラテンアメリカの楽器全体について述べることは簡単ではありませんが、本記事では、ラテンアメリカの楽器が、上記の3つの起源、すなわち①先住民、②欧州、③アフリカのいずれを起源にするのかを、その種類ごとに分類してみることで、多種多様すぎてイマイチイメージしにくいラテンアメリカ楽器をざっくりと理解することにしてみたいと思います。
本記事の主な参考文献は、農学博士でアンデス研究者でありながらラテンアメリカの「楽器」にフォーカスを当てて約40年のオンサイトのフィールドワークを通じ研究された山本紀夫先生の著『ラテンアメリカ楽器紀行』です。
本記事は同著の内容を筆者なりに理解し楽器の分類ごとにイメージ重視でまとめたものであり、より正確かつしっかりとした理解を求める方、また研究のダイナミズムを感じられたい方は、同著をお求めいただくことを強くおすすめしたいと思います。(大変僭越ながら申し上げれば、山本先生の不屈の探究心を感じつつ、多くの写真とともに非常に面白く読むことができます。)
笛やマラカス系は先住民、打楽器はアフリカ、それ以外は欧州
はじめに、ラテンアメリカ楽器の起源の傾向のようなものを非常に大雑把に(乱暴に)まとめると、以下のようにいうことができるかと思います。
・気鳴楽器(笛とか)は先住民由来
・体鳴楽器(マラカス、ガラガラ)は先住民由来
・打楽器は、リズミカルなものは特に、アフリカ由来
・それ以外(弦楽器、鍵盤楽器)は欧州由来
もちろん完全な一般化には無理があるので、あくまで「このような傾向がある」程度のものにはなります。また、オーケストラで使用されるような金管楽器(ファゴットやオーボエなど)や、エレキギターなどの電鳴楽器は、いずれも旧大陸(欧州)起源の楽器であり、ラテンアメリカ楽器とはカウントしておりません。
それでは、以下では、楽器の分類ごとにより詳しくみていきたいと思います。
もともとあった気鳴楽器
ケーナ、サンポーニャなどの笛系の楽器は、アンデス系のフォルクローレ音楽でよく使用されており、日本でもなんとなくアンデス文化のイメージがありそうなのではと思います。
実際、ラテンアメリカには、白人社会が入ってくる前から、笛系の楽器は使われていたことがわかっています。インカにおいては、一般社会に根付いていたというよりは神聖な儀式などで演奏されていた(インカ・ガルシラソの言及を引用した『ラテンアメリカ楽器紀行』)と言われているほか、スペイン人との戦争の中でラッパの音がたびたび登場します(ベルナール・ディアスの記録を引用した『アステカとインカ 黄金帝国の滅亡』)。
現在では多く失われてしまった可能性も高いですが、ラテンアメリカの気鳴楽器は、ケーナ、サンポーニャ以外にも『ラテンアメリカ楽器紀行』で紹介されているようにチャヘ、プトゥトゥ、モセーニョ、ピトゥ、タルカ、ピフィルカなどなど無数に存在します。
こうしたバリエーション多数のある笛系の楽器は、もちろん個別にはさまざまな起源があるとして、大きな傾向の分類をすれば、ヨーロッパ人やアフリカ人が入ってくる前からもともとあったものだろうということがイメージとしては言えそうです。
ちなみに、『ラテンアメリカ楽器紀行』で写真付きで紹介される笛系ラテンアメリカ楽器の中には、長すぎて明らかに楽器として都合が悪そうな(持つだけで大変そう)なもの(カーニャやクラリン)や、これまた大きすぎて筏(いかだ)にでもなりそうな楽器(大型のパンパイプのバホン)など、見た目が面白い楽器が多数登場します。
同じくもともとあった体鳴楽器
体鳴楽器(たいめいがっき)とは、マラカスやガラガラのように、その楽器を振るなりしてそれ自体が音を出す楽器の総称のようで、これも、構造が単純なものも多く、ラテンアメリカにもとからあったものです。ギロ、カバサなども、ラテンアメリカの体鳴楽器です。
一方で、体鳴楽器にはアフリカ由来のものも多く、例えばハンバーグ師匠が使っていて、動画や音声コンテンツの効果音としても活躍しているビブラスラップの前身であったキハーダ(馬やロバの顎の歯を鳴らす)は、アフリカ由来であると言われます。また、後に挙げるように、激しいリズミカルなものも、黒人文化が入っている可能性が高いというイメージがあります。
【カーーーッ!!でおなじみのビブラスラップの音】
リズミカルな打楽器の多くはアフリカ由来
打楽器は構造上最も単純な楽器の一つでもあると思い、もちろんヨーロッパやアフリカ文化が入ってくる前からアメリカには太鼓などの打楽器があったと言われています。
気鳴楽器同様、インカでも、祭事や戦闘の際に使用されていた記録が残っています。
こうしたアメリカ先住民の打楽器は、筆者がペルーやエクアドルで山岳部やアマゾンの先住民音楽を聴いた個人的な印象としては、短調な、というか、淡々としているものが多いように思います。イメージだけで言えば、日本の雅楽における打楽器のような、(もちろん濃淡はありつつ)淡々としているというか、「情熱的に打ち鳴らす」ということではない、という感じがします。
これに対し、現在のラテンアメリカのリズムで想像するような「情熱的」な、「リズミカル」な打楽器というのは、アフリカ由来の文化である傾向が強いと言えそうです。コンガやボンゴ、カホンなどのリズミカルで時に激しく打ち鳴らす打楽器は、アフリカ文化が起源となっています。
また、現在グアテマラの国民的楽器であるマリンバのような「鍵盤打楽器」も、アフリカ由来であると言われています。
なお、アフリカ文化は、アメリカで酷使され人口が激減した先住民たちが担っていた労働力を補うため、奴隷として連れてこられた黒人たちとともにラテンアメリカにもたらされます。奴隷たちの文化的な活動は規制されていましたが、そうした規制の網目を縫って育まれた音楽文化が、現在の楽器に表れているものも多数あります。(例えば、ペルーのカホンは、さすがに禁止できない普通の容器としての箱を打ち鳴らしたことが起源であると言われています。カホンはスペイン語で容器としての箱を意味します。)
弦楽器はヨーロッパから入ってきた?
ラテンアメリカにもともと弦楽器はなかった(のだろうか)、という命題は、『ラテンアメリカ楽器紀行』において大きなテーマの一つとなっております。
一般的にはラテンアメリカにはもともと弦楽器はなかったと言われている一方、アマゾン川全部を初めて船で渡った白人であるとされる征服者フランシスコ・デ・オレジャーナ*の隊が道中「弦が3本ある琴」をみたとの供述も残っているようで、山本先生は自らの足でアマゾンに入り、ネイティブの弦楽器を探す旅に出られるのです(ものすごいエネルギーです。)。
その至難のフィールドワークの成果として、同先生が、「もともとラ米には本格的な弦楽器はなかったと考えて良さそうである(『ラテンアメリカ楽器紀行』)」と結論づけているので、そうなのだろうと思います。
従って、現在メキシコのマリアッチの看板の一つのようなギター、ビウエラ、ギタロンやヴァイオリン、パラグアイのアルパ(ハープが原型とされている)、アルマジロの甲羅で目を引くチャランゴなど、そのほか多数ラテンアメリカで独自の進化を遂げた弦楽器は、大体がヨーロッパからもたらされた弦楽器が起源であると考えることができそうです。
なお、楽弓(がっきゅう)のような、非常に単純な弦楽器(弦で音を出すもの)はラテンアメリカ由来のものもあったようで、またサルバドールのビリンバウのように、アフリカ(アンゴラ)由来の弦楽器があることも、『ラテンアメリカ楽器紀行』では紹介がされています。
鍵盤楽器はヨーロッパ由来
前述の流れを受けては容易に想像ができそうですが、チェンバロやオルガンのようなピアノの前身的な鍵盤楽器は、ラテンアメリカやアフリカにはありませんでした。
キリスト教布教の重要アイテムとしてアメリカにもたらされた鍵盤楽器は、楽器の王様として、教会音楽をはじめ、現在でもラテンアメリカ文化の重要な要素の一つです。
従って、アルゼンチン・タンゴの主要な楽器としてしられるバンドネオンも、欧州由来といえます。
まとめ
本記事では、多種多様すぎてイメージしにくいラテンアメリカ楽器のルーツを大きく3つ(①先住民、②欧州、③アフリカ)に分類していきました。
こうした様々な文化の混合は、ラテンアメリカの複雑な歴史の表れであるとともに、奥深い文化的な多様性を成すものでもあります。
主な参考文献
・ラテンアメリカ楽器紀行(山本紀夫著・写真)山川出版社
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