中南米の政治を見ていると「Grupo de Lima(リマ・グループ)」という固有名詞が時々登場します。これは、2017年に、ベネズエラ危機を前に出てきた政治的対話の枠組みですが、日本ではあまりよく知られていないように思います。
本記事では、リマ・グループがどのようなグループなのか、その設立背景や、ペルー脱退などの現状、今後の展望をまとめていきたい思います。
リマ・グループとは?
リマ・グループとは、2017年8月の「リマ宣言」をもって、ベネズエラ危機の平和的解決のために形成され、そのための具体的な対応策を検討・協議する政治枠組みだと言えます。
「リマ宣言」原文は以下で、ベネズエラの民主主義の断絶や人権状況を非難しています。
つまり、リマ・グループは、ベネズエラ危機(ニコラス・マドゥロ政権下の民主主義の断絶や人権問題)への対応を協議するグループ、すなわち「ベネズエラを救いたい」の会です。ベネズエラ問題に特化した、目的が非常にはっきりした枠組みです。
そのメンバー国は以下のようにまとめられます。メンバー国とは前述の「リマ宣言」に署名した国々であり、その後グループが決議する「宣言」に署名(賛同)する国々であるといえます。これらはマドゥロ政権に対抗するグアイド暫定政権(後述)を承認する国が多いですが、必ずしもイコールではありません。
リマ・グループはあくまで共通の話題で対話するための緩やかなグループで、事務局や公式HP、カチッとした制度を持つわけでもないので、特定の時点で「メンバー国がどの国か」に答えることは難しいですが、現状、明確に枠組みに入っている国は、上記の太字の国々であると言えます。
アルゼンチン、サンタ・ルシア、ペルーは、現在までにグループからの脱退や脱退の意向を表明しており、メキシコ、ボリビア、チリも、グアイド暫定政権への承認取消しや、リマ・グループに批判的なメッセージを出しています。
リマ・グループ結成の背景
リマ・グループが結成される背景には、ベネズエラ民主主義の危機と、米州機構(英:OAS、西:OEA)の人権憲章に基づく措置が実行できなかったことにあると言われます。
ベネズエラ民主主義の危機:マドゥロ大統領の三権掌握
ベネズエラ危機についてはそれだけで大きなテーマになるので、ポイントだけ挙げると、マドゥロ政権発足(2013年3月)以降、人権や民主主義を脅かすような政権の挙動が問題視されていくようになります。そして、2017年に、マドゥロ大統領が、強引に立法権を自分のモノにするという事態(民主主義の危機)が生じます。
具体的には、マドゥロ政権は、対立する野党優勢の国会(2015年国会議員選挙で野党が3分の2を占める。)を無力化するべく、2017年8月、与党が全議席を占める「制憲議会(Asamblea Nacional Constituyente)」を設立させ、既存の国会から立法権を奪う決議を発出させました。すでにマドゥロ派の最高裁判所がこの決議を認めることで、これによりマドゥロが三権を独占する状況となりました。
これに対抗するのは当然ながら野党優勢の国会で、この国会の議長であったグアイド氏が、後に暫定政権を宣言することになります。これにより、ベネズエラは、2つの大統領が並立する状態に突入します。
米州機構の限界
マドゥロ政権下の問題は、米州機構(以下OAS)の中でも問題提起がされてきました。
2014年のパナマによるマドゥロ政権下の暴力に対する問題提起、2015年のコロンビアによるベネズエラとの国境問題に関する問題提起などを経て、2016年以降、アルマグロOAS事務総長により、ベネズエラに対する米州民主主義憲章(スペイン語:Carta Democrática Interamericano (CDI))に基づく措置が提起されていきますが、意見統一や必要な票数が得られないなどで、マドゥロ政権を追い込むための具体的な決議や措置には結びつきませんでした。その後、マドゥロ政権はOASから脱退し、OASの枠組みで同政権を追い込むことはできなくなりました。
リマ・グループの発足
そうしたマドゥロ政権下の民主主義の断絶と、OASの枠組みでプレッシャーを与えることへの限界を受けて、ペルー政府の主導で、首都リマにおいてリマ・グループが結成されました。これにより、複数国が団結してマドゥロ政権施政に対する反対を表明し、また国連人権理事会でこの問題を取り上げる等、政治的なプレッシャーをかけていくことができるようになります。
また、マドゥロ政権に対抗するグアイド暫定政権発足後にも、グループとしてグアイド暫定政権を支持(マドゥロ不支持)を示していくことができていきます。
なお、リマ・グループもOASも、軍事的に介入することは否定していました。
マドゥロ政権とグアイド暫定政権
2019年1月、グアイド国会議長(当時)は、ベネズエラ国会からの承認を受ける形で、憲法上の論拠(ベネズエラ憲法第233条及び第333条)を示しつつ、暫定大統領就任を宣言します。これにより、ベネズエラには、既存のマドゥロ大統領と、グアイド暫定大統領の2つの大統領が並存することになります。
リマ・グループは、2017年8月の「リマ宣言」にて、マドゥロ政権により設置された制憲議会を否定し、グアイドが議長を務める既存の国会(2015年選挙で野党が多数を占める)への支持を表明しているように、グアイド暫定政権を支持していきます。
したがって、グループとしてはベネズエラの元首はグアイド大統領であると認め、マドゥロは大統領と認めず、グアイドと外交関係を維持していくこととなります。
なお、OASもグアイド暫定大統領を承認し、国連は引き続きマドゥロ大統領をベネズエラの元首として認めていきます。これにより、例えば、OASにおけるベネズエラ政府はリマ・グループを支持し、国連におけるベネズエラ政府はリマ・グループを批判する、という異様な状況が生まれます。
リマなきリマ・グループの今後は?
当初はマドゥロ政権に外交的な圧力をかけていく役割を担っていたリマ・グループでしたが、その後マドゥロ政権は健在で、ベネズエラの状況を変えることができませんでした。
こうした中で、グループを構成する中南米諸国の中で左派政権が誕生していき、アルゼンチン、メキシコ、サンタ・ルシア、ボリビア、ペルー、チリがリマ・グループから離れていきます。特に、グループを牽引してきたリマ(ペルー政府)が脱退の意を表明したことで、リマ・グループは役目を終えた形となったと言えます。(実際、リマ・グループの共同声明は2021年1月以降発出されていません。ペルーの左派政権(カスティジョ政権)の発足は2021年7月。)
しかしながら、西側的視点に立てば、ベネズエラの状況を黙認していてよいかといえば、そうではありません。フアン・エギグレン氏(チリ外交官。国連大使、駐露大使などを歴任)は、リマ・グループの役割を引き継ぐものとして、国際コンタクト・グループ(Grupo Internacional de Contacto)、ノルウェーなどの友好的な調整ができる国、メキシコにおける対話を挙げつつ、実権を持つマドゥロ政権への働きかけの必要性を述べています。
OASやリマ・グループのような、実権を持つマドゥロ政権を排除した形での外交的圧力が結果に結びつかなかったことで、マドゥロ政権との対話や、相対する勢力間の仲裁などを重視する論調が優位になってきていますが、それはそれで難しいことであると考えます。
まとめ
本記事では、リマ・グループの概要と、その設立背景、今後の展望をまとめていきました。
リマ・グループは、ベネズエラ危機とOASの限界の中で生まれ、当初はマドゥロ政権に対し一定の外交的圧力をかけていくことができていたものの、マドゥロ政権は健在であり続けています。
また、グループ構成国の中では政権交代(左派政権の誕生)もあり、アルゼンチン、サンタ・ルシア、メキシコ、ボリビア、ペルー、チリがリマ・グループから離れていき、グループは役目を終えたような形となります。
今後の展望としては、国際コンタクト・グループや仲裁能力のある国の役割が一定程度期待されるものの、外交努力と経済制裁でマドゥロ大統領に方向転換を迫ることは簡単ではないと言えるでしょう。
参考文献
・リマ・グループ各種宣言(主にペルー政府公式HP)
・OAS公式HP
・2022年4月15日付エル・モストラドル紙 フアン・エドワルド・エギグレン氏オピニオン”El Grupo de Lima y la OEA frente a Venezuela“
2019年1月28日付Celag”Los intentos fallidos de la OEA contra Venezuela” 他関連記事
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