【壮大な歴史問題】スペインが先住民征服に対し謝罪すべきでない理由7選

メキシコ

メキシコのアンドレス・マヌエル・ロペル・オブラドール大統領(通称アムロ)は、スペインおよびローマ教会の先住民に対する暴虐・ 侮辱(Agravio)を認め、これに謝罪するよう求めています

アムロ氏は、大統領就任(2018年12月)からたった3カ月の2019年3月に書簡(手紙)にてこれを行い、2021年、メキシコ征服500周年および独立200周年の機会に、改めてこれを要求しました。さらには、2022年2月、スペインとの外交関係を中断したいとまで述べ、メキシコとスペインの関係が揺れています

ベネズエラのマドゥロ大統領など、これまでも中南米の左派政権がスペインに対し謝罪を迫ることは度々ありましたが、大国メキシコ大統領自身の此度の要求はインパクトがあります。

これに対し、ローマ教皇(フランシスコ)は、2021年、メキシコ独立200周年に当てた書簡にて、征服期の罪に対する謝罪を表明しました。なお、フランシスコ教皇は、アルゼンチン出身で、初のイエズス会系の教皇として知られています。

一方のスペインは、メキシコの謝罪要求に対し、「(国王が)謝罪することはなく、それは起こりえない」と断固拒否しています。これはなぜなのでしょうか

本記事では、スペインが謝罪すべきでない理由としてよく挙げられるものを中心に、7つ紹介していきたいと思います。

【そもそも論】先住民に対するスペインの征服とは?

1492年以降、イベリア半島でのレコンキスタを終えたスペインは大西洋を超え、アメリカ大陸に到着し、カリブ諸島から中米→南米へと征服を行なっていきます。

当時のアメリカ大陸における先住民勢力のうち、最も重要と言われるのが現在のメキシコ一帯を支配していた「アステカ帝国」と、アンデス地方を統治していた「インカ帝国」です。ただし、これ以外にも複数の国的な集団があって、例えばスペイン人と組んでアステカ帝国を滅ぼした先住民勢力(トラスカラ人)などもあります。

アステカ帝国もインカ帝国も、またそれ以外の先住民族も、スペイン人の鉄製武器・騎馬から成る圧倒的武力により支配され、財宝を生み出すよう使役させられ、また王を含め陵辱されます。また、スペイン人が持ってきた天然痘などの伝染病により多くが病死します。

スペイン人との接触でいきなりどん底を経験する先住民ですが、その後約300年続くスペイン支配下でも社会的底辺層であり続けます。

1800年代前半にほとんどの国がスペイン支配からの独立を成していきますが、これも中南米生まれのスペイン人(クリオーリョ)が本国から派遣されるスペイン人との差別を打ち壊し、スペイン本国からの支配から解き放たれようとする性格が強く、先住民およびスペイン人と先住民の混血(メスティソ)は独立のメインプレイヤーではありませんでした。

先住民社会(および黒人奴隷層)の統合は、独立後の新政権が直面した課題であり、それは現在の政府にとっても大なり小なり課題であり続けているといえます。

したがって、独立の歴史を切り取っても、白人やメスティソの割合的(例えばメキシコでは7割がメスティソ)にも、現在のラテンアメリカはスペイン人征服者と滅ぼされた先住民の両方の血や文化を嫌が王にも受け継いでいます。とあるメキシコ人が「かつての先住民社会を蹂躙したスペイン人が嫌いだ」と言っても、そのスペイン人がいなければ現在のメキシコは無いという、複雑な歴史を基礎としています。

スペインに滅ぼされる前にメキシコで栄えていたアステカ帝国の最期については、以下の記事を読んでいただくと外観がわかるかと思います。

スペインが謝罪すべきでない理由7選

上記の前提に立ち、それでは、なぜスペインは先住民に対し謝罪しない、あるいは謝罪すべきでないのかしょうか。その主な理由として、以下の7つを挙げることができるかと思います。

1 歴史は評価するものではなく、そこから学ぶものである

歴史は、その時代の価値観や文脈があるので、そこでの出来事は良い悪いと評価できるものではなく、それから学び、現代に生かすべきものである、という考え方です。

スペインのアメリカ征服は今から500年前のことであり、あまりに昔のことで、現在の物差しで単純に評価できるものでもなくすべきものでもないと言うことができます。

2 これを言い出すときりがない

過去の歴史を批判し出したら、きりがなく、不適切だ、ということもいえます。

スペインの征服に対し謝罪すべきなのであれば、アレクサンドロス大王の戦争からチンギス=カンの版図拡大ナポレオン戦争まで、過去に起きたあらゆる征服戦争に対し謝罪すべきということになってしまいます。

世界の植民地化に勤しんだ過去がある欧州列強にとっては特に、メキシコの例を謝罪しだすと、他の中南米諸国からアフリカ諸国、インド・太平洋諸国まで謝罪していかなければならず、きりがなくなっていくので、容易に認めるわけにはいきません。

3 スペインはメキシコを征服していはいない

先住民征服が行われた16世紀前半には「スペイン王国」は存在せず、イベリア半島にあったのはカスティーリャ王国他複数の王国で、「メキシコ共和国」も同様に存在しませんでした。したがってスペインによるメキシコの征服は存在せず、スペインが残忍行為を行なったというのであればメキシコも同様であると、UNAMのアルフレド・アビラ歴史学教授はエル・エスパニョル紙のインタビューにおいて答えます。「現在のスペインが(暴虐を働いた)カスティーリャ王国の後継だというのであれば、メキシコも同じく(カスティーリャ王国の)後継である。」と同教授は述べます。

また、「Somo tan españoles como los hijos de Don Pelayo」(アメリカ生まれのスペイン人(クリオーリョ)達が、自分達が本国生まれのスペイン人と同じくらいスペイン人である、ということを言った言葉。)という言葉があるように、アメリカ大陸に残る白人の血はまさにスペイン人の血であり、さらに言えば、現在のラテン・アメリカの白人の先祖はアメリカの土地にて支配を行なったスペイン人達であるのに対し、スペイン本国の人たちは征服を行っていないスペイン人の子孫であり、後者に謝罪を要求するのはおかしい、というロジックも散見されます。

このあたりがラテンアメリカの複雑さを表していると感じます。

4 スペイン統治にはプラスの要素もある

ホセ・マヌエル・アスコナ・フアン・カルロス王大学歴史学教授は、スペイン支配の全てが先住民にとって悪夢であったのではなく、むしろ良い面もあったとFrance 24のテレビ討論(以下参考文献)で述べています。つまり、スペイン人が先住民をスペイン人と平等に扱い、建設した病院や大学により、先住民の生活水準と幸福度が向上したことを示す資料が多数存在する、と述べます。

この議論は、スペイン征服を恨む人に対しては「火に油」のような話になってしまい得るものだと思い、スペインに謝罪を求める側に立てば「そういうことではない。」ということかもしれません。しかしながら、このように歴史を「現代の視点」から評価していく場合、アステカで子どもを生贄に捧げる文化は批判しなくてよいのか、とか、インドのサティー文化がイギリスによって減ったではないかとか、併合期に韓国の識字率等の教育水準が上がったではないか、等の問題提起にも直面しなければならなくなるでしょう。

5 国の尊厳を傷つけることになる

仮にメキシコの要求を受け政府として謝罪すれば、国の尊厳を傷つけ、国民に罪の意識を植え付けることになり得ます。それは国民国家を維持する上で重要な愛国心や国民間の団結を損ない得るもので、政府にとっては受け入れがたいでしょう。

6 外交上不利になる

相手国との関係で非を認めることは、相手(この場合メキシコ)に対し付け入る隙を与えるもので、外交上避けたいことです。本件の場合は特に、スペイン支配が及んでいた全ての中南米諸国に付け入る隙を与え得るものであるので、なおさら認められないということになるでしょう。

7 目的が不明

メキシコが謝罪を求める理由はなんなのか、というカウンターがあり得ます。スペインが謝罪をしたところで、マヤ文明やアステカ文明が復活するわけでもなければ、今を生きる先住民、メスティソが何か目に見える利益が得られるわけではありません。結局は、自国内の問題に対する不満の目を外に向けるためではないか、と言われます。ロペス・オブラドール大統領の真意は想像するしかありませんが、国内で渦巻くスペインをはじめとした外国資本からの経済搾取への不満に応える政治的な意味は存在すると考えられます。

まとめ

メキシコ大統領のスペイン国王とローマ教皇に対する謝罪要求と、それに対する反論を見ていくと、ラテン・アメリカのアイデンティティーに関わる複雑な歴史が見えてきます。多くのラテン・アメリカ諸国は現在もこの歴史の捉え方や受け入れ方で揺れていると言えます。

先住民支配の歴史を学べば、現在の尺度からは受け入れられない悲劇が繰り広げられており、先住民に対し謝罪するくらいはせめて行うべき、という風に思えたりもする一方、スペインの視点に立てば、前述のような受け入れられない立場というのも見えてきます。

日本も同じとは言えないまでも似たような問題を抱えており、他国の議論を見ることで学べることがありそうです。

本記事が少しでも参考になれば幸いです。

主な参考文献

・EL PAÍS – López Obrador pide “pausar” las relaciones entre México y España: “No queremos que nos roben”(2022/02/09)

・FRANCE 24 Español ¿Debe España pedir perdón por la Conquista?(2019/04/06)

・El ESPAÑOL – Razones por las que España no debe pedir perdón a México: “Ni siquiera lo conquistó”(2019-03-27)

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