結成30年以上が経過したメルコスールですが、結成条約(アスンシオン条約)で掲げられた目標は未だ目標のままであり続けており、メルコスール「単一市場」、あるいは「関税同盟」が完全な形で実現しているとは言えません。
本記事では、この主たる要因はなんなのかについて見ていきたいと思います。
結論としては、シンプル化して、以下の4つの原因が挙げられるかと考えます。
・域外への依存度が高いこと
・加盟国の経済規模がアンバランスであること
・なんだかんだ本気度が足りないこと
・超国家的な機関の欠如
(前提)未達成の目標
これからの分析は、メルコスールはその設立条約で掲げられた目標を未だ達成することができていないということを前提としています。
この前提は、域内自由化、対外共通関税の設定などの目標の達成が、ルール上(制度上)も例外だらけであったりすることで不完全であるし、実際上(実質)も、域内貿易が促進されていないということで不完全である、ということです。
この目標未達成な状況は、メルコスールの多くの研究で指摘されていますし、結成30周年外相メッセージにおいても各加盟国がそれぞれの形で認めているところと言えます。
本ページでは、そうした状況は、制度的な整備の進展具合と、実際の数字の推移の2つの側面について、以下の記事で見ています。
この前提に立ち、以降では、1991年に合意された目標がなぜなかなか達成できないのかを、前述の4つの原因ごとにみていきたいと思います。
原因1 域外への依存度が高いこと
まず一つ目の原因としては、メルコスール加盟国にとって域外市場の重要性が高く、また高くあり続けているということが挙げられます。
伝統的な貿易相手である米国や、比較的新しい中国、他のALADI諸国(メルコスール関係国として経済条約を締結している国もある。)などへの貿易依存度が高く、この依存度は近年さらに高まっており、直近ではメルコスールの輸出の9割弱が域外に対するものになっています。
こうした状況では、加盟国の経済的関心はますます域外に向いていくこととなり、域内貿易の自由化のことは後回しになりそうです。実際、自由貿易の利益を積極的に追求していきたい加盟国(ウルグアイ、パラグアイ)からは、域外国との自由化交渉にメルコスールが足枷になっているとの不満も出ています。
これは、域内自由化が進まないので域内貿易依存が高まっていかない、という側面もあり、また域内自由化を進めたから必ず域内貿易依存が高まるという話でもないのですが、いずれにせよ、メルコスールの目的に向けて政治的な決断でできることはまだありそうです。
原因2 加盟国の経済規模がアンバランスであること
メルコスールの加盟国の経済規模がアンバランスであるというのは、①アルゼンチンとブラジルの間の経済規模の違い、と、②大きな二カ国(アルゼンチンとブラジル)と小さな二カ国(パラグアイとウルグアイ)の間の経済規模の違い、という2つの側面があります。
アルゼンチンとブラジル
まず、アルゼンチンとブラジルは、創設の歴史や国の規模の面でメルコスールの主要な二カ国です。この両者の間で域内自由化、対外共通関税の設定が進展すれば、それはメルコスール全体にとっての進展と等しいです。
しかしながら、これまで見てきたとおり、この二カ国の間でそうした議論はなかなか進展していません。これは、二カ国の間のどちらか、あるいは双方が、そうした議論の進展に消極的であることが原因です。
この点、域内自由化に慎重な姿勢を取っているのは、基本的にはアルゼンチンであると見ることができます。これは、二カ国、ひいてはメルコスールにとっての重要産業である自動車セクターの自由化の議論で顕著であり、アルゼンチンが慎重な理由は、自由化によって自国の産業がブラジルに負けて、減衰してしまうことへの懸念であると考えられます。
これに関し、両者の国の規模には大きな違いがあります。以下の記事(基本情報)でも見た通り、ブラジルはアルゼンチンの「約3倍のGDP」、「5倍弱の人口」、「約3倍の輸出量」を持っており、魅力的な市場である分、競争相手としては慎重にならざるを得ないところもあると言えます。
二大国に対するウルグアイとパラグアイ
次に、アルゼンチンとブラジルに対し、ウルグアイとパラグアイの国の規模がかなり小さいことも明白です。これに関し、規模の小さい国に対し、特恵関税や対外共通関税の例外品目数が多く認められるなどの配慮があることは理解できる一方で、これはメルコスールの目標とは逆行してしまうものです。
メルコスールの目的に照らせば、域内自由化や対外共通関税はそれとして進め、経済統合の利益を追求し、格差は別の形で是正していくことが理にかなっていそうです。
この点、こうした域内の経済規模の違い(格差)を解消していくために2005年に設立された「メルコスールの構造的収斂のための基金(Fondo para la Convergencia Estructural del MERCOSUR (FOCEM)」の役割が期待されます。同基金は、経済規模の大きい加盟国がより多く出資し、インフラ整備事業などで経済規模の小さい加盟国がより多くの経済協力を受ける形で富を再配分させる機能を持っており、メルコスール加盟国のみならず、他のラテンアメリカの国からも高く評価されています。
以下のメルコスール公式ページからは、メルコスール設立30周年に合わせて作成された同基金の15年の活動レポートも見ることができ、同基金の実施するウルグアイとパラグアイで実施される開発プロジェクトを見ることができます。
原因3 本気度が足りない
メルコスール交渉を見ていると、単一市場・完全な関税同盟に向けた整備が進まない理由を一言で言うならば、「政治的な本気度がまだそこまでない」からという気がします。
これは、経済統合の進めることによるメリットとデメリットのうち、デメリットへの心配がまだまだ大きく、統合が進まない、という風に言い換えることができます。具体的には、経済統合の推進よりも自国産業の保護が重視されており、経済統合の進展に向けた政治的決断が取られない状態です。
多くのラテンアメリカ諸国は、国外からの工業製品の輸入を抑制することで自国の産業を保護し発展させることを目指す「輸入代替工業(ISI)」モデルを長年推進してきました。以下の記事でもみたとおり、このモデルは、80年代半ばの開発政策が大きく転換されることで放棄されていき、自由化と輸出増加による発展を目指すことになったアルゼンチンとブラジルの間で、メルコスールが構想され、パラグアイとウルグアイを加えてこれが結成されました。しかしながら、そこで直面したのは、自動車、繊維、家電などの重要産業の重複と摩擦でした。
自由競争によって、競争力があって売り上げを伸ばす企業と、反対に顧客を取られていく企業との「勝ち負け」が生じることは自然なことで、これを「切磋琢磨」としてより良い製品・サービスが生まれていくことが自由経済のメリットであり本質です。
これが二国間の自由貿易になっても同じであり、そこでも企業ごと、産業ごとで「勝ち負け」≒「切磋琢磨」が生まれます。しかしながら、二国間の場合、自由化によりもし自分の国の企業、産業ばかりが負ける場合、これを「切磋琢磨」と捉えられるか、という問題があります。そう捉えられない場合、自由化するよりも、関税などを維持し「負けない」ようにすること(保護主義)が選択されるでしょう。
さらに、自由貿易を行う二つの国が重視する産業(=勝ちたい産業)が異なる場合、それぞれの視点からwin-winの貿易ができそうなので自由化は進展しそうですが、これが競合する場合は、お互いに負けたくない競争になり、より負けそうな方が自由化に消極的になる、ということが起きそうです。
国が重視する産業というのは、自国で多くの雇用を生んで多くの国民の生活を支えていたり、国民生活の根本であると考えられるものであったりします。したがって、これが負けることで自国の雇用が失われたり、生活の根本を外国に依存したり、ということが起こり得るので、たとえより大局的にはメリットがあったりしても、これが負けそうな競争はしたくない、というのは、政府や国民の選択としてはある意味自然なことであるとも言えます。まさにこれが、メルコスール交渉(自動車交渉におけるアルゼンチン)で起こっていることであると言えます。
結論としては、統合に向けた「本気度が足りない」と一言で言っても、国民の雇用や生活を考えれば慎重にならざるを得ない状況があり、これとの兼ね合いを取っていくと時間がかかるという単純でない問題だと言えます。
原因4 超国家的な機関の欠如
世界一レベルの高い統合グループのEUは、加盟国が自国の主権の一部を委譲する「超国家性」を持って、加盟国の利害対立を乗り越えていると言われますが、メルコスールはそのような性格は持っておらず、各国の大統領をトップとした加盟国間の協議(利害のすり合わせ)によって意思決定・運営がされる組織です。
メルコスールの統合の進展が遅いことは、各加盟国の利害のすり合わせに時間がかかる(あるいはすり合わせができない)ためであり、もし、EUのレベルにまでにまで行かなくとも、メルコスールがこれを実質的に調整し乗り越える機関を持っていれば、その目標に着実に向かっていけるように思われます。
こうした、各国の利害や意向を超国家的に乗り越える(あるいは調整する)試みは、順風満帆とは言えませんが、メルコスールの中で行われてきています。
ARGM
政治面では、2010年末、新たな役職としてAlto Representante General del MERCOSUR(ARGM)が創設されました(Desición CMC Nº 63/10)。この役職は、各国の考えの違いを乗り越え、メルコスールの一致した考えや政策を形成し、対外的に代表することが期待されました。
しかしながら、このARGMは、各国のマンデートのない活動をしている(権限を超えた活動をしている)として、パラグアイから疑義が呈され、2017年6月に廃止が決定されました(以下関連記事)。ARGMの職に就いたのは3名で、いずれもブラジルの政治家でした。
GRELEX
経済外交面では、2011年末に、「メルコスール対外関係グループ(Grupo de Relacionamiento Externo del MERCOSUR (GRELEX))」がGMC(Grupo Mercado Común)の下に設置されました。このグループ(組織の課や班のようなイメージ)は、非加盟国や域外地域との通商交渉を行う役割を担うこととされ (Decisión CMC N° 22/11)、現在も存在しています。
TRP
司法面では、加盟国の対立に独立した立場で対処するために設立された常設裁判所である「メルコスール常設審査裁判所(Tribunal Permanente de Revisión del MERCOSUR(TRP))」が存在します。一方で、1999年のアジア通貨危機を受けたブラジルのレアル大幅切下げや、2012年のベネズエラ加盟をめぐるパラグアイの訴えへの対処などから、裁判所の機能の脆弱性も指摘されています。
FOCEM・PIP
開発・分配の側面では、域内の富の再配分機能を持ったFOCEM(前述)が存在し、加盟国間の格差の是正に取り組んでいます。また、2008年に「メルコスール生産性統合プログラム(Programa de integración Productiva (PIP) del MERCOSUR)」に合意がされ、中小企業の生産チェーンを念頭に域内の補完性強化が行われています。公式ホームページでは、これに基づき、おもちゃ製造産業においてグループの競争力が強化されていることが成果として紹介されています。
まとめ
本記事では、メルコスールの統合の進みが遅い要因を、シンプル化して4つ紹介しました。
まず一つ目は、域外への依存度が高く、域内貿易への注目度が低くなりがちであることを挙げました。二つ目に、加盟国の経済規模のアンバランスさとその統合にとっての弊害、三つ目に、保護主義が重視されているという肝の問題を挙げました。そして最後に、他の3つとは若干異なる切り口として、超国家的(supranaional)な機能がない点を挙げました。
結論としては、メルコスールの統合の進化は、加盟国、特にアルゼンチンとブラジルの政治的本気度にかかっていると考えます。
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